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懐かしのドイツ語学校☆パート2 2009年 7月 9日

Posted by yukialice in つぶやき, ゆき, ウィーン, ドイツ語.
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子供たちの夏休みに入って、回顧記事が続いてますが、今日はドイツ語学校の思い出篇パート2!と言うことで、今日も昔話に花を咲かせちゃいますよ?

前回は、1ヶ月目のコースを紹介したのですが、2ヶ月目と3ヶ月目の写真が全く見つからなかったので、今日は4ヶ月目(2003年12月)のコースの様子をご覧下さいませ。

私が通っていたドイチュアカデミーは当時、9人編成でした。

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左からトルコ人、先生のヤコブ、ブラジル人、ブラジル人のアレックス、フィリピン人のネオニータ。名前を記してない人は忘れてしまいました〜。(; ゚×゚;) だって、さぼってばかりいたんだもん。(‘∀`)

3ヶ月間、クラスと共にしたアレックスとまだ見た目も若い頃の私。。

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彼は今、ウィーン市内にあるブラジル銀行にお勤めのはずです。親が国連にお勤めで、幼少の頃からウィーンに住んでましたが、ずっとインターナショナルスクールに通っていたので、ドイツ語はできなかったんですって。。彼はとにかく、ナイスガイを絵に描いたような好青年でした。テストはいつも万点取ってたし、頭脳明晰、容姿端麗、もちろん性格も文句なし!年は離れてたけど、授業中も休み時間も仲良し小好しでしたわ。彼は今、20代後半のハズ?

こちらは同じ年のヤコブ。彼はすごい個性的で学校でも大人気の先生でした。私の顔、特に目が変なのは見逃して下さい。(-_^;)

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テーブルの上のお菓子は私がいつも持参していたもの。。休み時間になると皆で持ち寄ったお菓子をテーブルに出して、わいわいしゃべりながら食べてました。(●^_^●)

これだけの写真を見ると、まともに勉強してたんかいっ?( ̄□ ̄;) と、疑問を持たれた方もいらっしゃると思いますが、以前も書いたように、山のような宿題は毎日出されていたし、テストも月に2回あって、ある程度の点を取らないと次のコースには進めないシステムだったのですよ?でも、先生のヤコブが授業をすごく盛り上げてくれて、退屈することはありませんでした。

で、クラスにはラテン系も沢山いたのですが、一枚目の写真真ん中のブラジル人の彼女(元客室乗務員だったらしい)、それからここには写真はありませんがスペイン人の女の子は、いっつも授業が半分終わる前くらいに来てたんですよ。なぜかと言うと、授業の前半は殆ど宿題の答え合わせだったからです。お分かりですね?そう、宿題をやってなかったからいつも平気で授業に遅れて来てたんです。勿論、授業を休むこともしばしばで、お陰で名前を覚えることもできませんでした。やっぱラテン系って、ラテンだわ?と痛感した初めての思い出。。

それと、クラスの7,8割は女性が占めていたので、男性の生徒は肩身の狭い思いをするか、逆にハーレム気分を楽しむかのどちらかでした。(*⌒O⌒*)

年齢はバラバラで、10代後半から70代のお婆ちゃんがクラスメートだったこともあります。当時の私は30代半ばで、学校で勉強するなんて超〜〜〜〜〜っ久しぶりでしたが、クラスメートと先生に恵まれ、とっても楽しい時間を過ごせました。

最後に面白エピソードをご紹介しましょう。よく作文の宿題が出されたのですが、ドイツ語を勉強し始めて、たかだか4ヶ月目で、作文なんて書ける訳ないじゃないですか? で、しょうがなく?私が日本語で書いてそれを主人にドイツ語に直してもらっていたんです。(良い子もバレないように、気をつけよう!)

で、それをヤコブに提出して添削してくれていたのですが、主人が書いたドイツ語の作文、赤ペンで間違いをいっぱい訂正されて、真っ赤かになって返ってきたのです。Σ(・ω・ノ)ノ!

お陰で、私が主人にドイツ語で書かせていた事は、全くバレませんでしたが。。(; ゚×゚;)

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